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『1989年。波平さんへの手紙の巻き』

1989.jpg
先日ギターを買った悦びにて、
響きが似合う青臭いフォーク曲を作る。
「1989」という邦題にしてみた。
センチメンタリズム1989年。
思えば傲慢で、根拠の無い自信だけはあった
気概ある娘さんではあった。
当時はアメ村は三角公園にあったエルパソと云う店で働いた。
夜はカントリーBAR、昼間はロック喫茶。
十三のションベン横丁が焼失したので最近よく思い出していた。
エルパソも後に焼失した店である。

夢ばかり大きくて順序が解らず、酒ばかり戴く日々。
ロックに生きることを完全に勘違いしていた痛い日々。
家出をして転がり込んだ阿波座の奥内マンション。
原チャリさえ抜かれる軽車に満杯で乗り込み皆で行ったストーンズ初来日。
なんと東京は遠いと思うたことか。
毎日、飽きもせずに同じ話で笑うた女友達。

ワタシは才能があるのだからして、
ライブハウスにテープを持って目の前で聴いて貰う迄帰らん。
これを理解できん貴方が悪い。
十代の小娘の傲慢さに辟易す大人達。
今の自分なら余程才能があろうが、
馬鹿め、ぺぇん、と弾き飛ばすであろう。
面白がった大人も居たからこそ、の賜物だったが、
生意気なお嬢さんは折り合いの悪い方が当たり前に多かった。
そんなワタシを諌めてくれたのが、
エルパソでチーフを務める波平さんこと、並一郎さんであった。
若干25歳くらいだったような。
しかし酒の美学から、 音楽の知識から、
人様に理解される伝え方を
当時野人のよぅなワタシに根気良く教えてくれた人である。

お嬢さんは時を経て自らの傲慢さを身を以て知る事となる。

ええウタが唄えるようになりました。
波平さんの御陰です。

人生で一番逢いたいひと。

************************************************************
1989年と云いつ、波平さんのTシャツを見ると1990年頃やな。
今はなきエルパソにて。





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seponyuunagi

Author:seponyuunagi
夕凪というバンドにて
曲を作ったり唄をうたったり、
踊ったり叩いたり、
ぶーたれたり
きゃっきゃ担当の御年頃。
御機嫌さんは
旨い御飯と酒がある処。
夕凪web>>

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