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ビッケちゃんとセイコちゃんin拾得

ビとセhp


歳は上なれど、怖いもので、まだまだ可愛いひとがいる。
Lovejoyのbikkeことビッケちゃん。
まんまる眼鏡の愛い奴め。

出会いの縁は尊敬す渕上純子氏。

ビッケちゃんの唄は我の涙腺に直撃す。
繊細で肌に近い詩。あるがままを教えてくれたひと。
そして温度の低いギターをかき鳴らす。
感情の並べ方を教えてくれたひと。

我がの大好きなひとたちは覚悟を持って生きている。

敬愛を込めて誠意を持って追いかける。

愛しているの。

『bikkeソロ 伊藤せい子ソロ at 拾得』

   6月16日 木曜日

   開場5時半 開演7時
   前売1500円 当日1800円

coffee house 拾得
〒602-8125 京都市上京区大宮通下立売下る菱屋町815

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ゴダイゴ再考

我がの初恋はタケカワユキヒデである。

何故に恋に落ち込みたかは定かではないが、綺麗に落ちた。
小学校の妙名は「ゴダイゴきちがい」という単純明快な地域の有名人である。
鉛筆(浅野氏デザインの気持悪い音符モノだった記憶がある)から、
スリッパやら、何やら全てゴダイゴグッズで、取り揃えた馬鹿太郎であった。
年表を追ってみないと解らぬが、推定9つの頃である。
さて推定41つの今日、無情にも浮上した初恋説、
又は違う情愛について我は考える。
そしてそれは、我がの痕跡を辿る唯一のハピネスである事を信じ、
それをまとめる作業に没頭す。
我の音楽人生の始まりは母 京子を抜きに考えられぬ.
元々音楽好きの彼女は、幼少の我がに色んな音楽を聴かせたが、
とりわけペドロ&カプリシャスが、お気に入りであった。
意味も無く、パパラスマンボを踊らされたりした、幼少時代。
ビートルズより、イエスタデイはペドロ&カプリシャスで覚えた。
よく、コンサートにも出掛けてた彼女は、オノヨーコも観に行ったらしい。
現代音楽は理解出来なかったらしいが。

そんな彼女の娘が、毎日気が狂うたように学校から帰るなり、
ゴダイゴのアルバムを復唱するのである。
その頃は既に近所の名物であった。
気の毒に思うたのであろう母は、ええとこ連れてったる、いうて連れ出した。
それが79年4月29日、天皇誕生日の事である。
母 京子は鮮やかな口八丁でダブ屋からチケットをもぎ取り、我に差し出した。

それが我がの人生初、ゴダイゴライブ体験である。
その時を引き摺り太郎。15歳のゴダイゴファイナルまで、続けるのである。
途中、ライブ暴徒と化した我が、スターリンやら、
町田町蔵やらパンク波に拐われるも、
それはゴダイゴという、正当音楽に反発したに過ぎない。
何故に途中、宝島化したか、というのは、
タケカワユキヒデの非凡な才能が尽きたからだと解釈していた。
あないに溺れるよに溢れる音楽の渦。
タケカワがあり、ポールが居た程に思へた感性。
個人の中で終了したのは「Flower」だったように思う。
感性が重複した。
その後も、アルバムは買い続けライブに足を運ぶが、
「新創世記」から「70年代僕らの時代」迄の
素晴らしさには叶わなかった、というのが、個人の、見解であった。
80年代の、ゲートかかった音色が未だ苦手な今日である。
70年代のカンタベリーやトラッドを探しては狂喜する我の好み、
のみの見解ではある。
そんな我の構成に一役買って頂いたのは
タケカワユキヒデその人ではないか、と思うが。
時は流れ、一瞬でも音楽で生活をする側に廻る。
奇しくも契約した会社はコロムビア。勿論、影響はゴダイゴにあった。
選んだ訳と繋がりは無く、ミッキー吉野は逮捕。
タケカワユキヒデはソロでゴダイゴ曲を披露するという。
当時ラジオで番組を持っていた我にタケカワからコメントが入る。
勇んで向うが、あまりにジャジーにレオタードなダンサーが加わった、
(加山雄三のブラックジャックのオープニング調)モンキーマジックに哀しみ、
唯一逢える手立てを切ってしまった。神戸国際ホールの事だったと思う。
その後の復活ツアーで、声が出なくなり、キーが下がったタケカワに辟易し、
二度と観に行かんと、硬く誓う。
2006年に実際に復活してからは、音源や映像を観ないようにした。
この時代、いくらでも観ようはあるが歯を喰いしばって観ぬようにした。
タケカワが既婚者である事に高熱を出した我が云う真実。

しかし、音の影響は三つ子の魂百まで。うっかり痛んだり、
なにかの折に聴くのは、決まって未だにゴダイゴであった。
幼少無心の頃に没頭した音楽を聴くと、その頃に戻れる事がある、音楽は偉大だ。
自分の音楽見解が広まれば広がる程、ゴダイゴの深さが理解出来る。

あの時代でバークリー卒ならば、
グレイトフルデッドの影響は免れまい。と、すると、
我のグレイトフルデッド好きも
ミッキー吉野に操作された幼少からの仇である。
妙に浸透する変拍子も、ザッパや、
わかり易いパロディもあるマイルスの影響だろう。
タケカワ=ビートルズの奥に、バンドサウンドの妙。
70年代サンフランシスコが行き交う。
実際、ミッキー吉野が云うてたではないか、
「ガンダーラ」は「夢のカルフォルニア」であると。
成る程。構成一緒だわな。それでヒットしない訳がない、
と言い切る恐ろしい編曲能力。
「イエローセンターライン」のザ・バンドを思わすアメリカ気質に
突如組み込まれたサビのタケカワポール要素。
時としてジェスロタルやソフトマシーンを思わすプログレや、
時代的なハードロックがタケカワのソフトでポールな楽曲を作為す。
しかもエンディングは感動的で美しい。
この絶妙なバランスがゴダイゴなんだなあ、と、納得す。
やはり愛しているの。時が経てば経つ程、抗えない愛を身を以て知る。
タケカワが、バラエティ番組に出ようが鮫の肝油レポートをしようが、
彼の楽曲能力は常人技ではない。
恵まれた環境をフルに生かした神童が、
ちぃと、世間に騙されただけなのよう。
歳は我も取りましたの。若い時より肥えましてん。
もお、ええがな。我がは35周年ライブを観に行く事を決意した。11年振りか。

我の今日を築きた彼らを見据えるのだ。キー下上等。
勇んで向うは服部緑地。不思議な感覚。
年に二度、我が唄う場所にて我のアイドルが唄うとは。
受付通過で既に笑い者。 台風上等。
タケカワ以外のメンバーが入り口にて募金を募る。
『オアシモトのワルイナカ、アリガトーゴザイマス』と
トミーが御挨拶してるのに驚愕。
ミッキー吉野に至っては他人の空似かと思うた。
浅野さんの募金箱に入金し黄金の右手に握手させて戴いた。
さて、ステージの後ろは、座席になっているのだが
我々が使う際、音抜けを留める為、黒幕を敷く。
しかし、今回全く黒幕を敷かなかったので、かなりやり辛い中音だった筈。
そんな状況が解る中に始まったライブであったが、
徐々にバランスが保たれ、曲をすればする程、音が纏まる様は
流石に熟練のバンドサウンド。
ミッキー吉野のアナログに徹したかったのだろう。
サポートにも鍵盤を加える贅沢。久しぶりにレズリースピーカーを観た。
懐かしのゴダイゴホーンズ(ではないかもしれんが)も加えた編成。
オープニングは、オデッセイ~で登場。
モンキーマジックから、999に繋ぐ黄金連鎖。懐かし過ぎる。
ああ、もお歳だからん、ヒット曲だけで終るやもしれん、
という我の危惧を打ち砕く。
本日は、シングルを全て(ではなかったが)やる趣旨であるとの事である。
まさかの、サラダガール、いろはのい、君は恋のチェリー、シンフォニカ、
ミラージュあたりで、目頭が熱くなる満足感。
何度かスティーヴがミスをし、この技巧を持ってさえ間違うか、
とほくそ笑んだが、よくよく考えればカトマンズ以降は
関わってないことを思い出した、ムーミン吉沢さんか。
普段宣教師の彼が、よくぞここまで弾けるもんだ。やはり超絶。
一番感動したのが、ザ.サンライズであった。
どっかの番組で、一度だけやった曲との紹介があったが、
関西ではお馴染み、おはよう朝日ですの正月ハワイ特番だったと記憶する。
丁度ゴダイゴファンクラブと重なって、
確か20万程のライブ込みツアーを募集していた。
泣いて母 京子に行けるよう頼んだが、
こればかりは流石に聞き入れて貰えなかった。
と、云う思い出がある。
聞き入られなかった腹癒せに
朝から毎日唄う嫌がらせをしていた名曲である。
いざ腹から唄う。芝生席でよかったわあ。後に一緒に付き合ってくれた美紀氏
(自身もピアノで唄いて鍵盤.マリンバ等を自在に操る才女)が、
全曲唄いよるで怖かった、と、感想を洩らした。
シングル欲を云えばアフターザレインも聴きたかったなあ。

タケカワのキーは下がっている曲もあるが、
やはり再結成してから声を出しているのだろう。
再結成当初より喉が安定している。と、元々あれだけ唄えたひとだからなあ。
若い時のタケカワの才能は
『ホームレコーディング・デモ』vol.1~8で堪能出来る。
我は宝物としてタケカワとミッキー吉野グループの
ラジヲ番組音源を持っている。
「イエローセンターライン」も収録。「夜の都会」は
沢田研二の『比叡山フリーコンサート』と同じアレンジである。共演が
小坂忠とティン・パン・アレー 今では豪華過ぎて目眩がする。
その21歳の非凡さは日本人では例えるのが難しい。
非凡な才能がアイドルになってしまった日本の狭い音楽文化よ。
「高原の小枝を大切に」で皆さんお気づきだろうが、
「男たちの旅路」「ハウス」での
出演を経て彼らに俳優業の依頼がなかったのはラッキージョーかもしれぬ。
(ミッキー吉野は、夢の西郷どんで出演してたが)
やはりタケカワは唄のひとである。これからも唄だけに没頭して頂きたい。

さて、ゴダイゴの35周年記念ライブ。
ここで我が感じた潔さとは昔からゴダイゴは主旨を用いて
アルバムを製作し
ツアーを行っていたという事実である。
初めて体験したライブ、それは「DEAD END」をテーマにしていた。
既に「西遊記」を出した後だったように記憶している。
『MILLIONS OF YEARS』で始まり、『MILLIONS OF YEARS』で幕を閉じた。
今回も『モンキーマジック』で始まり
『モンキーマジック2006』で幕を閉じたように。(アンコールは別だが)
一環したテーマがあった。
そのテーマは「キタキツネ物語」の時もあったように思う。

既にリリースした後にもテーマとして取り上げるというバンドの姿勢。
自分たちの楽曲への敬愛。
これが出来るバンドは中々居ないと思う。特に日本では。

人間誰しも老いれば容貌も変わる。
しかし持続することの大変さは我が身も知る処である。
バンドの潔さや楽曲への敬愛。
同じ様に我が出来るか疑問と立ち返る音楽人生。
正直こないに感動するとは思わなかった。

夕凪も結成17年。我人生もまだまだGO-DIE-GOである。

※ちなみにこれを書いた後、レコードをひっぱりだし
「Flower」を拝聴。音の好みは置いといて。
ええ楽曲揃いではないか、、ファンとて無知なものである。



たぶんこれで恋に落ちたであろうエルガーの「威風堂々」
我の3×5拍子が好きは、この影響を受けていると気付く。
今の不安な時代こそ尚心打つ。





プロフィール

seponyuunagi

Author:seponyuunagi
夕凪というバンドにて
曲を作ったり唄をうたったり、
踊ったり叩いたり、
ぶーたれたり
きゃっきゃ担当の御年頃。
御機嫌さんは
旨い御飯と酒がある処。
夕凪web>>

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